マーケットの要求をアジャイル(機敏)に読み解く?リーンマーケティングのすすめ

2014/03/10
  • 開発者コラム

Gyro-nの出発点は既存システム(ubicast EFO、LPO)のリプレースでした

ドットコムバブルで幕を開けたゼロ年代、ブームに乗って沢山のウェブシステムが作られました。十年以上が経過した今、それらの多くは負債となって維持管理を行う組織の悩みのタネとなっています。当時作られたシステムは古い想定に基づいているので、猛烈なスピードで変化する現在の状況に対応できなくなっているのです。弊社もその例外ではなく、既にご利用頂いているお客様へのサービスを維持しながらどうやってシステムを進化させていけばよいか悩んでいました。

旧システムは、いわゆる「ウォーターフォール」的な手法で最初のバージョンを開発し、その後は顧客の要求に合わせてパッチワーク的に拡張を繰り返していくという形で運営されていました。年月が経過し、開発者も入れ替わるという中で、システムを要求に合わせて変えていくことが段々難しくなってきます。最終的には、システム本体に手を入れるのは機能面でもインフラ面でも難しいという状態になっていました。

この状況を打開するために、新しいチームを結成し、「アジャイル」と呼ばれる、ゼロ年代の開発者コミュニティの中で生み出された新しい開発手法を取り入れ、新しいシステムを一から作り直すことにしたのが、ちょうど一年ほど前のことです。口で言うのは簡単ですが、これは根本的な考え方の転換が要求される大きなチャレンジでした。特に日本においてはアジャイルの取り組みが遅れていると言われています。

そもそもアジャイルって何?

アジャイルという考え方が出現する前にシステム開発の世界で隆盛を誇っていたのがウォーターフォール型開発です。分析から始まって、設計・開発・テスト・運用で終わる一方通行の開発モデルで、これは大量生産型製造業の手法がベースになっています。ベルトコンベアで製造される製品を思い浮かべて頂ければ分かりやすいと思います。ウォーターフォールは登場した当初から、かなり限定的な条件でないとうまくいかないという批判があったようですが、90年代にインターネットが普及しソフトウェア開発の環境が大きく変化すると、いよいよその限界が露呈してきます。プロジェクトの後半になってから次々に発生する仕様変更を受け入れる度に、現場の開発者の負担が増えていきました。ウォーターフォールでは開発中の変更を念頭においていないので、このような仕様変更がそのまま開発者の負担となってのしかかるのです。いわゆる「デスマーチ」と呼ばれるプロジェクトが続出しました。こういった状況の中、開発者コミュニティの中で提唱されたのが「変化を常態とする」アジャイルと呼ばれる開発手法です。

アジャイルはウォーターフォール開発との比較で説明される事が多いのですが、本来は同列に比較できるものではありません。同列に比較すると、きちんとした計画に沿って開発を進めていくウォーターフォールに対し、アジャイルはいわゆる行き当たりばったりで無秩序な開発手法であるように見えてしまうのです。このような比較は、アジャイルがウォーターフォールのような「開発プロセス」の一つに過ぎないという誤解を生み、アジャイルの本質を理解するに当たっての大きな障害となっていました。

アジャイルとは何か、一言で言えば「今自分達がやっているこのタスクは本当に価値を生み出しているのか、と問い続ける姿勢」です。アジャイルでは、価値があると検証できる成果を期間内にどれだけ生み出せるか、そこを最大化することに注力します。価値を生み出さない限り「進捗」したとはみなしません。予定通りにプロダクトが出来上がっても、誰も使う人がいなけば進捗ゼロなのです。価値があるかどうかを判定するためには、「xxxという機能が必要だ」というような当初の想定が正しかったどうかを、実際のユーザーの反応などで客観的に検証しなければなりません。Gyro-n開発チームでは、プロジェクトを始めるに当たって、この想定と検証のサイクルを出来るだけ短くするために、自分たちのタスクを「スモールバッチ」と呼ばれる価値検証可能な最小単位に区切り、それらの進捗を1、2週間毎にふりかえる「イテレーション開発」を導入しました。

仕様書通りのシステムを期間内に完成できれば成功だとするウォーターフォールに対して、アジャイルはどうやって効率良く価値を生み出すかということに焦点があり(どういうシステムになるかはあくまで結果論)、そもそもそのスコープが異なる事がお分かり頂けると思います。想定と検証が基本的には一度ずつしかないウォーターフォールは、作り手の想定は概ね正しいという前提に立っています。それに対して、作り手の想定を常に疑うのがアジャイルです。想定と検証を頻繁に繰り返すことによって学習し続け、いかに機敏(アジャイル)に価値を生み出していくかというのがアジャイル手法の本質であり、これは単にシステム開発の枠に留まらず、会社や組織のあり方にさえ変革を求める考え方なのです。

アジャイルに計測可能な価値の概念を導入した「リーンスタートアップ」

アジャイルという考え方が登場した当初、日々のタスクの根拠となる「価値」はブラックボックスになっていました。それらは顧客やプロダクトマネージャーが「正しく」判断できるという前提に立っていたのです。これはアジャイルが開発者のコミュニティから提案されたことと関係しています。当初はまず、ウォーターフォール開発で敵対関係にあった開発者と顧客やマネージャーとの関係を見直すところに焦点がありました。

しかしながら、「顧客は自分が本当に欲しいものを知らない」というスティーブ・ジョブズの言葉にあるように、顧客のフィードバックやプロダクトマネージャーの判断に従うことが必ずしもマーケットに受け入れられるプロダクトに結びつくわけではありません。むしろその可能性は低いと言ってもよいでしょう。この掴みどころのないマーケットの中での価値をいかに科学的・客観的な方法で発見するか、このブラックボックスにメスを入れてアジャイルの適用範囲をスタートアップ、つまり起業にまで拡大することを試みたのがエリック・リース氏の提唱する「リーンスタートアップ」です。

ちなみに、リーンは「無駄のない」という意味ですが、この言葉はトヨタ自動車で実践されてきた「トヨタ生産方式」が起源になっています。この手法がアメリカの研究者の手によって体系化されて「リーン生産方式」として提唱されました。リーン生産方式はアジャイルとの親和性の良さから、海外のアジャイルコミュニティで盛んに研究・議論が行われ、そして皮肉な話ではありますが、システム開発の手法としてアジャイル後進国の日本に「逆輸入」されることとなりました。

リーン(無駄のない)は、その手法が価値の創出に力点を置いている事を表しています。つまり、価値の創出に結びついていない、あるいはその効率を悪くするものは全て「ムダ」として出来るだけ排除する事を目指します。では、価値とは一体なんでしょうか? リーンスタートアップでは、価値を「顧客にとっての利益を提供すること」と定義しています。そしてここで重要なことは、顧客の要望に盲目的に従う事が必ずしもその価値を実現する事につながるわけではないということです。特定の顧客の要求に従った結果、サービスが必要以上に複雑化したり、本当に必要とされる機能を提供できなくなり、結果としてサービスの持続的な成長が実現できないということは往々にしてあり得ることです。

価値の発見を難しくしている最大の要因が、現代のスタートアップの置かれている環境の極端な不確実性であるというのが、リーンスタートアップの出発点ですが、これはマーケティングの分野でも同様のことが言えるのではないでしょうか。この不確実性の中で顧客の要求を知るためには、顧客の言っていることを鵜呑みにするよりも、プロダクトやサービスに対して、顧客が実際にはどのように「振る舞う」かを科学的な方法で継続的に観察する必要があります。観察した結果を分析し、それがサービスの持続的な成長を示してるのであればプロジェクトは順調に運営されている、そうでなければ戦略の転換を考えなければならないということになります。

実験こそがプロダクト

20世紀はまさに技術革新の時代でした。生産技術は想像を絶するような進歩を遂げ、今現在も凄まじいスピードで進化を続けています。そういった時代にあって、専門家としてひたすら生産技術だけを追いかけるうちに、いつしか我々はサービスやプロダクトを製造すること自体が仕事の中心だと信じるようになりました。そのような信仰の中では、今まさに製造しているプロダクトが本当に価値を生み出しているかどうかは問題領域から排除され、製造には携わらない一部の少数の人間がその責務を負うことになります。

この信仰を端的に表すのが、アイデアとその実現を分離しようとする考え方です。新しいサービスを立ち上げようと思えば、その前に入念な準備をしなくてはいけない、マーケティングやその他諸々の分析作業、コンセプトの策定、そして開発計画と、自然にそのような考えが頭に浮かびます。しかし、リーンスタートアップの観点から言えば、その瞬間あなたは「ラージバッチ」の罠に落ちていることになるのです。

このように何かを生み出そうとするに当たって、「何を」生み出すかという計画を念入りに立てようとするのは、とても自然な発想に思えます。しかし、現代は何かと不確定な世の中、あなたも十分そのことは承知していて、出来るだけ念入りに、あらゆることを想定して計画を立てようとするでしょう。ところが、考えれば考えるほど不安になってきて、Analysis paralysis(分析麻痺)に陥ってしまう人もいるかもしれません。あるいは計画を実施する段階において状況が変化し、予期していなかった事が判明して、計画をやり直さなければならなくなるかもしれません。これら全ては、仮説の想定からその検証までのサイクルが長い(ラージバッチ)ことから来る問題なのです。

仮説の想定から検証までを最短で実施しなければラージバッチの罠に陥ってしまう、しかしサービスやプロダクトの現物がないと検証は行えません。このジレンマをどう解消するか、リーンスタートアップではプロダクトの製造を「実験」という観点から捉え直すことでこの問題に対応します。仮説/検証のサイクルを極限まで短くするために、一つのサイクルで製造するプロダクトは一つの仮説を検証するのに必要最低限な仕様だけに限定します。これを「Minimum Viable Product (MVP) 」と呼びます。

MVPはこれまでの常識から考えるとおよそプロダクトとは呼べないぐらいに最低限のコストで作成されます。要は仮説を検証できさえすればよいので、それは時にはコンセプトを説明するだけのビデオであったり、Webサイトに貼られた単なるリンクだったりします。ただし、仮説の検証を可能にするために、初期段階からアクセスやコンバージョン、利用率などの計測を行う仕組みを用意しておく必要があります。このコストをいかに削減するかがリーンスタートアップの効果を高める上でのポイントになるでしょう。

そして、この実験によって得られた「学び(Validated Learning)」こそが、プロジェクトにおける真の進捗であり、この学びを次の仮説の設定に結びつけて、仮説/検証のサイクルを繰り返す事で、マーケットにおける価値を探求することになります。このような方法論の元においてアイデアは、仮説/検証を繰り返した末に結果として生み出されたものに対する事後的な説明に過ぎず、そもそも計画として分離できるものではないことが分かります。

リーンマーケティングのすすめ

アジャイルやリーンスタートアップなどの考え方は、それぞれソフトウェア開発やスタートアップと、限定された分野に向けて考えられた方法論だと受け取られることも少なくないと思われますが、改めてその原理を紐解くと、それらの考え方が決して特定の分野に特化したものではなく、複雑な環境でモノを生み出していかなければならない人たち全てに通用する普遍的な考え方であることがご理解頂けると思います。特にマーケットという巨大な生き物のように複雑なシステムを相手にするときには、不確実性を扱うこれらの技術の重要度は今後ますます大きくなっていくのではないでしょうか。

リーンスタートアップには、マーケティングの現場にもすぐに導入できるプラクティスが沢山あります。既に紹介した仮説/検証のサイクルを最短にするための「スモールバッチ(あるいはカンバン方式)」によるタスク管理、トヨタ生産方式をルーツにするシンプルな問題分析手法「なぜなぜ分析(5WHYS)」などなど、もしこれらの手法になじみがなければ、一度検討してみる価値はあると思います。

最後に

さて、今回はソフトウェア開発手法として生まれた考え方が、日本の製造業で育まれた柔軟性の高い方法論と融合し、その応用範囲がソフトウェア開発から、スタートアップ、そしてマーケティングへと至る文脈を、ソフトウェア開発者の視点から説明してみました。これらのトピックスについて興味を持たれた方のために、方法論の詳細や具体的なプラクティス、関連トピックスについての参考資料を以下に挙げましたので、是非参考にされて下さい。

  • 『リーンスタートアップ』by エリック・リース
    リーンスタートアップの原典です。その思想や方法論の解説だけでなく、豊富な事例が紹介されています。
  • トヨタ生産方式
    トヨタ自動車による公式のドキュメント。
  • 『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』by 大野 耐一
    トヨタ生産方式の発案者、大野耐一氏による解説書です。何故このような方法論を生み出すに至ったのかという思想を知るためには一番の文献です。特にトヨタ生産方式の出発点が当時の日本市場特有の制約であった「多種少量生産(今で言うロングテール)」や「低成長経済」に端を発すること、当時席巻していたアメリカの量産方式への問題意識など、ちょうどウォーターフォールからアジャイルへとシフトしたソフトウェア開発の状況と相似形ですが、これを半世紀近く前に実現していたというのですから、その先進性に驚かされます。
  • 「かんばん」をソフトウェア開発に適用する: アジャイルからリーンへ
    リーンの要、ジャストインタイム生産システムで実践されている「カンバン」についての詳細な解説です。製造業で実践されているプラクティスをどのようにソフトウェア開発に取り入れたらよいか、カンバンのエッセンスを踏まえながら説明しています。ソフトウェアやマーケティングのような知的生産の分野においては、「プル」という仕組みが与えるインパクトが大きいでしょう。
  • マーケティングとリーン・スタートアップの親和性
    本記事と同じ問題意識をマーケター視線から捉えた記事です。リーンスタートアップがマーケティングの定義そのものと合致するという話から、「全社員がマーケターとなるべき」、「ソーシャル・メディアやビッグデータからは顧客の行動(ビヘイビア)しか掴めず、だからこそ行動から顧客の態度・思考(アティテュード)を読み取る姿勢が重要」などなど、興味深い論点が紹介されています。
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